そこは荒れ果てていた。
どこかの街外れ、開けた場所、瓦礫の群。
その廃墟には色とりどりのものがあった。
それは看板であったり、小物であったり、大道具であったり。
知らずとも、これらを見れば分かっただろう。これは祭りの跡だと。

そう。跡。
これはもう何かが終わった後。
その祭りでいったい何があったのか、一目では分かりそうになかった。
ただ、意味もなく荒れていた。
かつては意味があったのだろう何か達。
多くの笑顔を売っていたであろう出店も、この場所を華やがせていたであろう大道具達も、誰かが手にしていたであろう玩具達も。
全てが棄てられていた。
打ち壊されている物もあれば、置き去りにされただけの物も数多い。
なぜこうなっているのかは分からない。だが一つだけ分かるのは、これらはもう必要とされないものだということだ。
だから、こうしてここに、ただ朽ちるままに置き去られたのだ。

「・・・・」

そんな場所を訪れるものは、今ではもう一人ぐらいしかいない。
薄く雲の掛かった空の下、佇むのは小柄な少女。
雲の隙間から覗いた月光に照らされる姿は、暗かった。
白いのはその顔色だけ。色の褪せた灰色髪、薄汚れた黒い衣服。その手足までも。顔以外はどこまでも暗い。
その細い手には近くで摘んできたのか、素朴な草花が握られている。

「・・・・」

彼女は緩慢に歩みを進め、それを廃墟の中心にある一際大きな瓦礫に供えた。
舞台、だろうか。周囲のもの達と比べても一際激しく汚れているそれを、彼女はじっと見つめている。
その表情は茫洋としており、どういう感情を抱いているのかは分からない。

「・・・・あれから」

そして時が過ぎ、数分か、数時間か。
じっとそこに佇んでいた彼女が、ふと言葉を漏らした。

「もう、何年も経ったんですね。
 あなたたちのことを憶えているひとも、ずいぶん少なくなったそうです。
 あたりまえ、ですよね」

もちろん、ここには彼女の他には誰もいない。
ここにいない何者かに向けての呟き声。
それを口にする彼女の表情は、やはり茫洋としたまま。

「でも、わたしは忘れませんから。
 わたしの無力も、誰かの涙も、あのひとの苦しみも」

黒い手が伸ばされ、舞台を撫でた。
夜の冷え切った空気に晒された冷たい瓦礫。
普通ならば即座に体温が奪われ、寒さに身をすくめてしまうような感触。
しかし、彼女の黒い手はそれをもうほとんど感じていない。 その証拠に、氷のような冷たさを持つはずのそれに触れた瞬間にも、彼女の表情はわずかも動かなかった。

「こんなものがなければよかったのに。
 そんなこと、無理なんですけど」

手が戻る。
彼女はまた口を閉じてそこに佇んだ。
瞬き一つせずに虚ろを見つめるその表情は、やはり変わらぬまま。後悔を口にしたその心が何を思っているのかは、やはり分からない。
また、そのまま時が過ぎる。わずかに空が白み始める頃、彼女が動いた。

「……もう、帰らないといけませんね」

廃墟を見回し、彼女は呟く。
そして、舞台をもう一度撫でた。

「また、いつか来ます」

別れと再会の言葉。
それを最後に彼女は振り返り、廃墟を立ち去った。
表情はやはり虚ろなまま。緩慢に、一歩一歩を確かめるように、去って行く。

いつか時が流れたら、彼女はまたここに来るのだろう。
そしてまた、いつか昔の後悔を語るのだろう。
それは何度でも繰り返される事なのだろう。彼女が――後悔の名を持つリグレッタが、ここにいる限りは。










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自分の中にあるRegretのイメージを文章にしてみたもの。
山はなくて落ちもなく、意味は昔に置き忘れ。
そんな文章ですが、読んでくれた方にはどうもお粗末さまです。ありがとうございました。




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